2006年8月 9日 (水)

金とカネ

ネットオークション詐欺。今回の仕事だ。

被害者は高校生。依頼人はその親。代金を振り込んだが、その後音沙汰なし。本人に話を聞くとカネは別にどうでもいいという。なるほど親の財布から出たカネか。だが30万。どうでもいい額ではない。

まずは、履歴を洗うか。PCを起ち上げる。しかし履歴どころか、オークションに必要な、IDも持っちゃいなかった。

高校生の表情が曇る。親を出し。事情を訊く。彼女に子供ができた。そして誰にも相談できず、どうしてもカネを作らなければと思った。と言った。

さて、どうするか。

夜。一台の車に乗り、高校生は家を出た。尾行る。

止まった。高校生が降りる。足元はふらついていた。

私は、近づいた。

”ええ?だあれ、あんた”

目はうつろで呂律も回っていない。

一発入れた。倒れる躰を支える。寄ってきたツレにも一発。事情を訊く。

30万は、全て脱法ドラッグに消えていた。

あの高校生が目を覚まして知るのは、口の中の鉄分の味だけだろう。

私は、彼の親に居場所だけを告げ、その場を後にした。

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2006年8月 4日 (金)

Victim responsibility

タイトルの意味は”被害者責任”

犯罪において加害者こそが一番の悪であることを大前提として、今回は大阪の監禁事件

(事件詳細は→http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/confinement/)

について、冒頭の言葉を使用したい。

人は豹変する。それを念頭に置いて、もっと慎重になれ。ドアを開けて中に入る。そこまでは自分の責任であることを認識すべきだ。

とはいえ、その家族は気の毒だと言える。

警察に相談しても駄目なときはhttp://www1.c3-net.ne.jp/bay-detective/まで。

誘拐犯の片棒を担いで、人質の素行調査。など間違ってもしないので、ご安心を。

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2006年8月 1日 (火)

法のジレンマ

何事にもルールが必要だ。ただ、人を縛るのでなく、より良い生活を送るためにあるべきだと私は、考える。

かつて、私が就職活動をしたとき、何十という履歴書を送ったが、連絡はなかった。うち一社に直接電話をし、理由を訊ねた。担当者はこう言った。

”男性にお茶汲みを頼めないじゃないですか”

女性限定と表記しない。男女差別で叩かれないための策だ。だから”とりあえず”履歴書を受け付ける。

車をクレジットで買う。支払いが終わり、名義を変更しようとする。本来、完済証明や所有権解除を業者が行うのだが、それができない。邪魔するのは個人情報保護法である。

法律で、何が変った?悪人は法の目を縫う。法に従う、まともな人間の手間だけが増える。

地を這い、泥を飲む。そんな努力を踏みにじる法律が、確かに、ある。

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2006年7月31日 (月)

八王子スーパー3人射殺事件

平成7年7月30日、スーパー「ナンペイ大和田店」 2階事務所内で起きた、事件名:大和田町スーパー事務所内けん銃使用強盗殺人事件。

怨恨か物盗りか。どちらでも関係ない。無抵抗な3人を刺し、そして撃ち殺した事実。

事件のあった場所は、現在、駐車場となり、周囲の様子も住人も変った。犯人を辿る要素はことごとく消え去ってしまった。しかし、すべてが消えたわけではない。

追い詰める。時効が成立するその瞬間まで。

懸賞金?良心?犯人よ、諦めろ、今度は国民が相手だ。

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/jiken/jikenbo/hatioji/jiken.htm

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2006年7月28日 (金)

獣と獣

医師に余命半年と宣告され、既に10年を生きている人間を知っている。

医師は、病を知っているが、その患者についてすべて知っているわけではない。犯罪捜査も然り。プロファイリングで犯罪者の傾向は割り出せるが、犯罪者の特定は別問題だ。間違った情報は、時に捜査を混乱させる。神戸の時のように。

2005年12月1日から2日にかけて、栃木~茨城で起きた女児殺害事件。いくつかの証拠は挙がっているようだが、半年以上経過した現在まで、犯人逮捕に至っていない。犯人逮捕後、有力な証言が出ることがある。これは警察の口止めもあれば、情報自体が眠っている場合もあるのだ。

この眠っている情報を起こすのが難しい。人は、日々の暮らしに追われ、人の話などあまり覚えていない。それが突然、事件という強烈なきっかけで、目を覚ますのだ。

最初から最後まで、全く誰にも見られず、証拠も全く残さない。即ち完全犯罪。そんなものは、ある特殊なケースを除いて存在しない。

犯人は間違いなく、どこかにいる。生きていれば。自分の最愛の人間を奪われた気持ちで記憶を掘り起こす。また、そうさせる捜査が必要だ。

獣になる。獣に敵うのは獣だけなのだから。

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無垢なるもの

千葉地裁で、ある判決が下った。公園ベンチ転落事故。この呼称が正しいかは知らないが、とにかく市の過失を認めた。

原告側である子を亡くした親の気持ちは、気持ちとして分かる。子育てを放棄する親よりはましだとも思う。しかし、私が公園の管理者だとして、植え込みの枯れ枝一本までに気を配るのはおそらく無理だろう。

”親”とは・・・

高崎山の猿が出産した。二度目だ。以前生んだ一子は行方不明となっていた。

両腕が不自由なこの母親が生きていく、まして子育てをするのは容易でない。

陣痛に耐える姿。必死に子を抱こうとする姿。その姿に、確かに”親”を見た。

物言わぬものこそ、不自由なものこそ、伝えてくれる。大切なことを。

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2006年7月25日 (火)

子煩悩な父。やさしい夫・・・また、事件だ。

真相究明は捜査本部に任せ、一般論を話そう。人間には人に見せない”顔”がある。

”ホンネとタテマエ”くらいの可愛げのあるものならいいが、もし一方に、狂気を孕んでいたなら、そしてそれが表面に出たなら・・・それが犯罪だ。

挨拶をするとかしないとか、目つきが良いとか悪いとか、そんな安い価値観で人を評価するな。

”悪魔は、決して悪魔の顔で近づかない”

自分が被害者になりたくなければ、これだけは憶えておいた方がいい。

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2006年7月22日 (土)

血と涙

今年、2月1日。桂川の河川敷にその親子は居た。

直前に息子は、思い出の残る市内を、母の車椅子を押して観光した。

息子が”もう生きられへん。ここで終わりやで”と言うと、

              母は”そうか、あかんか、一緒やで、わしの子や”と言った。

翌朝、降りしきる雨の中、死んでいる母親と、傍らで、首から血を流す息子を通行人が発見。通報した。

息子は一命を取り留めた。認知症の母の介護、自身の失業。行政に、社会に見放された末の犯行だった。

初公判。検察側は、被告の罪を追及しながらも、その献身的な介護を認め、

弁護側は、被告が、弁護をしている自分よりも人として優れていると言った。

被告の”生まれ変わっても、また母の子に生まれたい”という言葉に、法廷は涙に濡れた。

        判決     懲役2年6月、執行猶予3年

判決文を読み終えた裁判長は、

”朝と夕、母を思いだし、自分をあやめず、母のためにも幸せに生きてください”

と、続けた。

仲の良かった親子の姿はもうないが、その時、法廷には確かに血も涙もあった。

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2006年7月19日 (水)

MY SECOM

ドアの内側に、JENGAを置く。複雑な形にして。

窓の隙間に、メモを挟む。意味深な言葉を書いて。

玉子を、目立たない場所に置く。生卵。

戻った時に、変化があれば、それは侵入者かも知れない。

素人がよくやる木刀などの得物を用意しておくのは、逆効果。返り討ちに合う可能性が高い。むしろ盾などを用意する。

簡単にできる防犯。

例の女の話は、http://ameblo.jp/bay-detective/

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2006年7月17日 (月)

逃亡者

行方が割れた。50絡みの男と籍を入れ、直後に消えた女の話だ。

その女の話はhttp://ameblo.jp/bay-detective/を参照して貰うとして、昨夜NTVで「逃亡 償いなき外国人犯罪者」なる番組を放送していた。

私は、度々犯罪や外国人について取り上げているが、スタンスは変わらない。年齢・性別・人種・国籍に関わらず、してはいけないことはしてはいけないのである。

番組中、娘を、夫を外国人犯罪者に奪われた被害者のその後の生活を追う。

愛する者、大事な者を奪われた人間。そして復讐すら許されない、術を持たない被害者がどうなるか。

加害者達は犯行後自国へ逃亡し、幸せな暮らしを送っている。彼らの心中がどうかなど知るか。

正義が死んでいる。殺したのはこの国の政治家だ。国内に外国人を入れるのなら同等に処罰する法を整備すべきである。赤坂に常識外れな議員宿舎など作るっている暇などないはずだ。

胸が苦しい。私は一度も被害者に会ったことはないが、間違いなく今も苦しみに苛まれている。仇討ち制度が日本にある時代、少なくとも文言などでなく人情で正義が守られた。”復讐”その言葉の響きに美徳さえ感じつつ、グラスのジンを一息に呷った。

詳細は7月22日(土)24:30~の再放送を観ていただきたい。百聞は一見にしかずということである。

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